8分間のハミング
さっき流れた着信音として設定していた曲は、唯一音楽サイトで配信されていたもの。
そしてラッキーなことに、それはわたしが彼らの曲の中で一番好きなものだった。
……だからこそ、驚いた。そして彼を知りたいと思うきっかけになった。
好きな曲を着信音よりも素敵に奏でる彼の存在が、いつしかわたしの中で大きくなっていたんだ。
まさか同じバス停を利用している男の子が、わたしの好きな曲をハミングで奏でているなんて、1年前のわたしは思いもしなかったけど。
「あ……、いきなり話しかけてすみませんでした。急にそんなこと言われても、何って感じですよね」
彼のにこやかだった表情が、しゅんと申し訳なさそうに崩れていく。どうやらわたしが黙ったままだったので、気にかけてくれたらしい。
はっとなって、慌てて胸の前で手を横に振った。
「い、いえ! 全然大丈夫です。むしろこの曲を知ってる人が居て嬉しいです! この曲を知ってる人、周りには誰も居ないから」
そう言ってから、少し失敗したと冷静になった頭で感じた。さっきの彼と同じように、興奮した声で言っていたからだ。
言葉はどれも本音だけど、親近感を持ちすぎたかな……。
彼からしたら、同じ曲を好きな人が居て嬉しいなんてこと、関係ないだろうし。
行き着く先など分からない悩みを頭の中でぐるぐると巡らせる。
でもそれは男の子の笑顔で、一瞬にして吹き飛んだ。
「俺も同じです。この曲の良さを分かってくれる人が居て良かった」
花が綻ぶような優しい動作で作られた笑みに、胸の奥がくすぐったくなる。