8分間のハミング


「はい、もちろん。実はこのペアチケット、ラジオ番組の抽選で当たったんですけどね。周りにブルへブを知ってるやつがいなくて、正直どうしようって思ってたんです。ブルへブの良さを知らないやつを連れて行っても、なんかつまらない気がして」


……だから、と。
彼の笑みが真っ直ぐわたしに向けられる。

今の彼はハミングを奏でていないはずなのに、まるであの優しいメロディーを聴いているような気分になった。胸の奥が、きゅうっと嫌じゃない音を立てる。


「……だから、出来ることならあなたと行きたいなって思ったんです。やっぱり、同じものを好きな人と行った方が楽しいと思うので。あなたさえ嫌でなければ、一緒にどうですか?」


差し出される、ペアチケットの片割れ。

それはまるで、彼が作るあの優しい世界に足を踏み込んでも良いと言ってもらっているみたいで……。
込み上げてくる嬉しさを抑えることなんて出来なかった。

そよそよと吹いた春の風で揺れるチケットを、頬を緩めながら受け取る。


「……喜んで! ぜひ、一緒に行かせてください!」


手渡されるチケット。わたしの弾んだ声が、思いの外その場に響き渡る。

きらきらと輝いて見える明るい前髪の下で、男の子の目が嬉しそうに弧を描いているように見えた。


彼との時間が8分経過すると、今朝もバスが静かにやってくる。

日曜日を過ぎてまた月曜日が来たとき、この朝の空間はもう少し愛おしいものに変わっているのかな。

小さな期待を込めて、彼と一緒に同じバスに乗り込んだ。




END


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