Insane Magic
シスターは少年――青年を伴い修道院に帰り着くと、柔らかなタオルで濡れたその身と髪を念入りに拭いてから手当てを施す。
裂傷が刻まれた額に消毒液を浸らせたガーゼを押し当て、しっかりと血を拭った後に其処へ包帯を巻いていく。
「―――あなた、お名前は?」
一体何処から来たのか、何者なのか。
それは相変わらず判らないが、取り敢えず名前が判らない事には不便だろう。
シスターはそう思って訊いた事だった。
しかし、彼は暫し黙り込んでから力無く頭を左右に揺らす。
「………知らない」
「えっ?」
「名前なんて、俺にはない。気がついた時には…自分が何者なのかも、…判らなかった」
「(記憶喪失――…)」
つまり、彼に関する事は何も判らないと言う事だ。
記憶喪失と言う事と、人間ではないと言う事以外は。
「ただ、いつも見る夢がある」
「夢?まあ、どんな夢かしら」
「…金色の長い髪をした女が、泣きながら何かを叫んでるんだ。何を言ってるのかは判らない、……いつも眠ると、その夢を見る」
「…その人に覚えはないのね?」
「ああ、判らない」
何かの手掛かりなのかもしれないが、金髪の女性を手掛かりに探すのは途方もない話だ。
シスターが困ったように片手を頬に添えていると、彼は左腕に巻かれていた包帯を外し始めた。それはシスターが巻いたものではない、元々彼の左腕を指先から二の腕上部まで覆っていたものだ。
だが、その下から出てきたものに、またシスターは絶句する。
「……!…その傷痕、は?それも人間にやられたものなの?」
包帯の下から現れたのは二の腕から手首までに走る刀傷のようなものだった。
傷はすっかり塞がっているが、くっきりと残るその傷痕が決して浅いものではなかった事を教えてくれている。恐らく、とても深い傷だったのだろう。
「…違う、いつ負ったのか覚えがない」
「記憶が無くなる前に負ったものなのね…きっと」