夜桜と朧月
満開の桜に囲まれた校舎を一人歩き、校門の前で待っているはずの薫の元へ戻ろうとしたが、車が、ない……?



茫然自失として、思わず立ち眩みを覚えた時、「あ、携帯あるじゃん」などと考えついたのには、


我ながらよく冷静でいられたものだと思う。




薫に電話をかけたら、1コールで出てくれた。


「……もしもし、薫」

『終わった?』

「ん。今どこ?」



ここで待ってるって言ったのに。


『子供達が飽きたのか、ぐずりだしたんだよ。で、今近くの公園』

「ああ、あったね、公園。今行くから。多分、10分ぐらいで着くよ」

『ここ今、桜祭りやってんのな』

「あー。そうかも」



確か、あの公園は桜の名所100選にも選ばれていたように記憶している。



「そこの公園の桜、綺麗でしょ?」


んー、と苦笑する薫の声が携帯から漏れる。

「何?どうしたの?」

『いや、まあ、早く来いよ。祭りの入り口にいるから』

「分かった」



笑いを堪えたような薫に疑問を抱いて公園へ急いだ。





入り口で、見慣れたベビーカーを見つけて駆け寄ったが……二人とも乗っていない?



それなら何処に?の疑問は、入り口に一番近い屋台の側に立つ薫を見つけて解けた。



「二人とも、綿菓子の匂いに釣られて動こうとしないんだよな。で、綿菓子って食わせていいの?」


この人達ときたら。


「ちょっとだけなら大丈夫だよー。二人とも、お腹すいたんだね。待ってて、買ってくるから」



財布を取り出す私の頬を、温かい涙が伝う。

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