夜桜と朧月
上司と一緒に、得意先を接待した帰り道、近道をしようと思って通ったホテル街。
知らない女の子の腰に手を回して、その一軒に入る楓の姿を見た。
何も考えられず、ただ込み上げてくる吐き気を堪えて、なんとか自室に戻った私は震える指で楓に電話をした。だが聞こえてくるのは、無機質なコール音だけ。
メールも何通か入れたが、その日に返事が返って来ることはなかった。
二、三日して楓から「会いたい」と、電話がかかってきた時には、私自身は「楓とは別れる」という選択をしていたのだった。
このまま、合わない時間帯、合わない価値観を抱えて付き合い続けたとしても、お互いを束縛するだけだろう。
それならば、潔く、綺麗なままで終わらせた方がこの恋は未練を残さずに済む。
その思いを抱えて、待ち合わせ場所のファミレスで楓がくるのを待っていた。
ドリンクバーから持ってきたグラスについた水滴が、じわりと落ちるのをぼんやり眺めながら。
不意に影が頭上の証明を遮り、誰かが向かいに立ったのを感じた。
「……二人で会うの、久しぶりじゃね?」
屈託がなさそうに笑う彼の笑顔に不信感が募る。