夜桜と朧月
「……マナの手、カサカサにヒビ割れてるね……」
藤崎が私の手を取って呟いた。
「赤ちゃんのお世話をするって、こんなに大変なんだ……」
手荒れなんて、自分でも気付かなかった。
そのくらい、あの子達の為に一生懸命だったんだ。
「……ね。赤ちゃんって、どのくらい重いの?」
再びにこっと笑った藤崎は、無言で『電話の事は、もう気にしてないよ』と、言ってくれているのだ。
ありがと、藤崎。
「新生児はね、大体3キロ前後かな?最初は筋肉痛になるよー!ずっと抱っこしてなきゃいけないもん」
泣き笑いのような顔を上げて、藤崎に答えた。
「3キロかぁー。服とか布団って、いつ頃買えばいいんだろ?」
「安定期に入ってからでいいと思うよ。あんまり早いと、時期外れになっちゃう」
「そっかー。さすが、よく知ってるね!」
あはは、と笑った藤崎が、赤坂君には見えないように、耳打ちした。
「楓君とマナの事を、カレと心配して二人で会って話し会ってるうちに、うちら付き合おうか、って雰囲気になっちゃってさ。それで、こうして結婚まで決まった訳。結婚式には、楓君と二人で、絶対来てよね!?てか、結婚式はうちらが先だからね!?」
ニッとドヤ顔を見せる藤崎にも、ただ力なく笑って頷くしか出来なかった。
もう、帰りたい。
それなのに、赤坂君が私を横に来るように呼んだ。
「何?」
暫く思案していた赤坂君は、迷い半分を振り切るように、話してくれた。
「楓だけどさ、今、語学留学してて、イギリスにいるんだ」
「……イギリス……」
「帰ってくるのが、来年の四月。言葉も通じない向こうで一人で頑張ってみて、……全部白紙に戻してから、改めてお前に告白したいって。リセットしたいってさ」
「……最初から、やり直したい……って事……?」
クリスマスに届いた、外国からの小包。
金色のリボンを掛けた小箱。
桜が、咲いたら……――――
「お前と別れなかったのは、楓には、お前以上に好きな奴なんていなかったからだ」