夜桜と朧月
力なく下がっていた私の手を取り、指を絡めて愛しげに撫でる薫の胸から、規則正しく聞こえる鼓動。それに安らぎを感じて、段々呼吸が落ち着いてきた。


「……ごめん、ね。でも、……信じて、ほしいよ……」

ゆっくり、でも聞こえるように、発したつもりなのに、辿々しくしか言えなかった言葉に腹が立つ。

「……信じるよ。真愛のこと。けどさ」

途中で途切れた言葉を促すように薫の顔を見上げた。


「俺が、そいつに言ってやろうか?ちゃんと別れるように」


薫と楓を会わせる?


いやいや、駄目。そんな事できない。


「私と、楓で始めた恋だから、二人で終わらせてきちんとケジメをつけたい……」

「そっか、でも……」

「うん。それでも駄目な時は、薫にお願いする……」

「ああ。相手には冷静に話すから。本当はぶん殴りたいけど」



薫が『楓をぶん殴る』って言った!?



「今、楓はイギリスに留学してるから、四月に帰って来た時に、私がちゃんと話をするから。……だから、それまで……」

「……待つよ。そのくらい」



もう涙は流れてこない。薫が頭を勢いよく掻き回した。



二人の顔が数㎝まで近づいた瞬間、客間から聞こえる元気な泣き声。


「……起きたな……」


ちょっと残念そうに頭を掻く薫が可愛い。


「お腹空いたんだね。何時にミルク飲んだの?」
「9時頃だったかな?」

って、今2時だし。そりゃ、お腹も減るわ。

「ミルク作ってくるから、起こしてて?」
「ん」

「……あれ……?咲希達は起きたのか…?」


空気を読んでるんだか読んでいないんだか分からない父も、もそもそと起き出した。

もうずっと寝ててよ、酔っぱらい!!もう酔いは覚めたの!?


< 51 / 103 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop