夜桜と朧月
一触即発の状態に危険を感じて、藤崎と一緒にとりあえず二人を引き剥がした。


「邪魔って。アンタが邪魔なんだろ!?」


赤坂君は尚も言い募る。


けれど、私は薫の側から少しでも離れようとはしなかった。



「………ごめんね、赤坂君。藤崎も。私の気持ちは、……もう、ない、の……」


「…んだよ、それ!楓はお前の事、まだ好きなのに?裏切んの!?は?」


畳み掛けてくる赤坂君の言葉が、鋭いナイフのように心に突き刺さる。



「……最初に真愛を裏切ったのは楓って奴の方だろ?………甘えてんじゃねーよ」


いつもより低い薫の声にぞくりと鳥肌がたった。薫が怒ってる……。


「ガキみてーなワガママ真愛に押し付けて苦しめんな。……行くぞ真愛。もう用はねーだろ」



返答も待たず、薫は私をぐいぐいと引っ張って行った。



残りの時間で水族館を足早に見学し、駐車場に戻ると暫く無言だった薫は「悪ぃ。口出ししちまった」と、謝罪した。




私は薫の胸に飛び付いて、耳元で囁いた。




「……キス、して……?」

「……今、ここで?」


こくん、と頷く。


藤崎と赤坂君に裏切り者と詰られた事はとても怖かった。

私が悪人になったようで。




悪人だと言われても、私が薫にとって必要な存在であればそれだけでいい。




その証が今すぐ欲しい。


顎に指をかけて、薫が顔を近付けた。




軽く唇が合わさるだけのキスから、やがて濃厚なものへ変わっていく。




これだけが、私が、私でいられる魔法なのだから。
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