おうちにかえろう
遠慮しがちに私の名前を呼んだその人は、私の姿を見るなり、駆け寄ってきた。
「…ごめんなさい、今日はわざわざ来てもらっちゃってっ…」
恐らく、30代半ばくらいだろうか。
いつからかうちに頻繁に来るようになった、“知らない女の人”。
この人は、会うといつも、私の顔色を窺うように無理矢理笑う。
ちらちらと突き刺さる遠慮しがちな視線が、正直うざったい。
「…美月ちゃん来てくれたよ」
そう言って、彼女が振り返った先には、見るだけで身体が強張る後姿があった。
昔から、誰よりも大きく、恐く感じる大きな背中。
ソファーの上に座り、まるで私の存在など気付いていないかのようにテレビを見ているお父さん。
「ちゃんと話したいからテレビは後にして」
「……ああ」
返事だって面倒臭そうにして、久しぶりに会うのに、こっちを見ようともしてくれない。
分かっていたことだけれど、胸の奥の方がモヤモヤとして、ぎゅっと唇を噛みしめた。
「…もうっ…、…美月ちゃん、ごめんね?…とりあえず、座ってくれるかな?」
「………。」
全くこちらに来ようとしないお父さんにやきもきしたのか、まるで自分の家かのようにそんなことを言われてしまった。
…変なの。
本来なら、ここは私の家のはずなのに。
だけど、そんなこと言い返せるわけもなくて、ただ彼女の言う通りに、ダイニングチェアに腰かけた。