おうちにかえろう
「彼氏…?」
「まじで?」
“彼氏”発言が利いたのか、檜山の肩を抱き寄せていた手が離れていく。
その隙に、朔兄が檜山を引き寄せた。
ずぶ濡れ檜山の確保が成功したことでとりあえずほっとしたものの、両者の間を流れる空気は全く穏やかではない。
何きっかけで乱闘が勃発するか分からないような、そんな雰囲気。
「…と、いうわけなんでこれで!」
奴らに向けてすちゃっと手を構えてから、朔兄の腕を掴んで引っ張った。
朔兄は呆気にとられたような顔をしたけれど、関係ない。
何でもかんでも揉めりゃあいいってもんでもない。
ここはまず、ずぶ濡れ檜山の安全を確保することが先決だ。
「のんちゃん、さすがにあんな所で乱闘なんてしないよ僕は」
「うるせぇ。あんな目してた奴がそんなこと言っても説得力ねぇ」
振り返らなくても、今の返しを聞いて朔兄がどんな顔をしているかなんて分かり切っていた。
多分、いや、絶対、不機嫌そうにむくれているだろう。
朔兄は昔から、俺のしっかりした部分を見ると、
「無駄に大人になりやがって」
不服そうに、残念そうにそんなことを言う。
一緒に乱闘しろってか。
冗談じゃない。
俺は、自ら痛い目に合いにいくほど馬鹿じゃない。
ほどよく遠くまで来たところで、朔兄の腕を離した。
とりあえず、奴らは追ってくることもなかったので一安心だ。
さっきまで檜山の手を掴んでいたはずの朔兄は、気付けば傘を持った手で器用に檜山を抱きよせていた。
彼女がこれ以上濡れないようにしているのか、逃がさないようにしているのか、どちらかは分からなかったけれど。
「…………。」
檜山は、何も言わないまま俯いていた。