おうちにかえろう
その声に少し遅れて、振り返った。
視線の先には、優しい笑みで私を見つめる雨宮さん。
「俺のことも、朔って呼んでよ」
「っ」
自分を指差してそんなこと言う雨宮さんを見たら、なぜか鼓動が一回跳ねた。
そのあとはいつも通りだったけれど、なぜだろう。
よくわからないけれど、さっきよりも、いつも通りじゃないことは確かで。
「ん?」
呼ばれることを待っている笑みも、やっぱり温かくて、私は、目を合わせるのが窮屈だって思っているはずなのに、目を逸らせなくなった。
「…………さ」
「うん」
「…………さ……」
「…さ?」
「…………………さ、く」
漸く言えた名前は中途半端に途切れてしまった。
それでも、にっと嬉しそうに笑って、
「よく呼べました」
頭を撫でてくれるから。
胸の奥が、もっともっとむず痒くなった。
直接手で掻いてやりたいくらい、むず痒い。
かゆくてかゆくて居心地が悪い。
「……あれ?美月ちゃん顔赤くない?」
「別に特に全く赤くありませんけど」
「何で睨むんだよ…俺なんかした…?」
切なさいっぱいの雨宮さん…いや、朔、さん。
…を、今度は真正面から見れなくなってしまった。
やっぱり、たまに変な自分になる。
こういうとき、どんな顔をしていいのか、全然分からない。
「よーし!イイ気分のまま寝よーっと!雛ちゃんももう寝るでしょっ?」
「…一緒に…?」
「え゛!!!ち、違うよ別にそういう意味で言ったんじゃなくて…!!!」
「わー、湊くんスケベー」
「望はちょっと黙ってて!!!」
日も跨ぎそうなのにまだ賑やかな人たちに囲まれながら、意味もなく耳たぶをぎゅっと、掴んでしまった。
(……熱い……)