おうちにかえろう
「何照れてんのお前…自分から言ったくせに」
「いや、自分でもよく分かんないけどなんか雨み、…望が男に見えたもんだから…一瞬だけ」
「さりげなく失礼なこと言ってんな」
「襲われるかと思った」
「ここで襲ったら俺本物のアホだろ」
確かに…と納得されると微妙な気持ちになったけれど、気まずそうに視線を逸らされて、こっちまで居心地が悪くなってきた。
何この空気。
変な空気。
今までなかった空気に、息が詰まってしまった。
「…、馬鹿なこと言ってねーで早く拭け」
「わぶっ」
その辺にあったバスタオルを適当に手に取り美月の顔に押し付けると、同時に漏れた不細工な声。
美月に似つかわしかったから、何だかおかしくなって笑ってしまった。
「…笑うな」
じとっと睨んできた目はどこか恥ずかしそうで、そのこともなぜか俺の笑いを誘った。
本当にこいつは、よく分かんないやつだ。
「さっさと着替えてこい、まだ掃除終わってないんだから」
「あ、…そうだった、ごめん。すぐ着替える」
「おう」
俺の横をすり抜けていった瞬間に鼻をくすぐったのは、シャンプーのような香り。
その香りにつられるように振り返ったらすでに美月は居なくて、パタパタと遠ざかっていく足音だけが響いた。
「………あーあ」
…くそ。
何かよく分かんないけど、変な空気醸し出してくるからちょっとドキドキしたじゃねーか。
なんて、もちろん本人に言えるわけもない。
とりあえず、あいつは底なしにどうしようもないやつだ、と自分に言い聞かせて、深く吸い込んだ息を、そっと吐き出した。