奪取―[Berry's版]
 自分は歌手である。恋をしなければ、愛を感じていなければ。恋愛の歌は歌えない、書けない。ある程度、知人や他人の経験を言葉にすることもあるが、それはやはり誰かには響かない。ある意味、私は私を切って売っていると。
 ワイングラスを燻らせながら、妖艶な眸を向ける春花に。喜多は問う。

「何故、私にそんな話を?」
「……わかってるはずなのに、聞いてくるのね。うん、そんなところも私、好みだわ」

 カタリと小さな音を立て、春花がグラスをテーブルに置いた。両肘を付き、掌に顎を乗せ喜多の眸を見据える。テーブルに乗せた両手の指を絡ませ、喜多も視線を逸らすことなく受け止める。不意に、春花の眸が細くなった。

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