奪取―[Berry's版]
12.情熱―過去編―
 喜多は右手首に嵌めた腕時計へ視線を落とす。短針は3時を指そうとしていた。見上げるのは、駅から程近くにあるビル街のひとつだ。同時に、思わず零れてしまうため息。本来ならば、今のこの時刻、この場所に立っているのは喜多ではなく箕浪のはずであった。では何故、喜多がここにいるのか。それは少しばかり時間を遡ることになる。
 数日前、探偵事務所にひとつの依頼が舞い込んできた。妻の浮気調査をしてほしいと。基本的に、探偵事務所へきた依頼を断ることはない。祖父が営んでいた探偵事務所は、1階に古本・貸本屋の店舗があり、2階に事務所を構えている。事情を知らない人が見れば、まさか探偵という怪しい事務所が併設されているなど気付きもしないことだろう。故に、依頼に訪れることの出来る人物は、自然と限られてくるのだ。依頼を受ける喜多たちが判別しなくとも、だ。
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