奪取―[Berry's版]
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「きぬちゃん」

 帰り支度を済ませ、ビルから出てきたところを呼び止められ、絹江は目を瞠る。期待しつつも、まさかと思っていた人物がそこにいたからだ。1週間ぶりに耳にする声は、雑音に消されることなく、絹江の耳に届いていた。
 ビルの周囲をぐるりと囲う、1メートル弱程度の塀に腰をかけ、立っている喜多の元まで。絹江は小走りで駆け寄る。

「喜多くん、どうしたの?忙しいって言っていたじゃない」
「ん、そうなんだけど」

 喜多が腰を屈めているせいで、ふたりの身長差がなくなる。久しぶりに顔を合わせる喜多、同じ目線。若干の戸惑いを見せる絹江を、喜多は眸を細め、突然抱き寄せた。

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