奪取―[Berry's版]
 想像していなかった目の前の出来事に、ふたりは慌てふためいた。こんなことは、初めてのことであったからだ。大急ぎで準備を整え、喜多の車で送られながら。ふたりはどちらともなく、目を合わせ笑ってしまっていた。

 その日、絹江は喜多の家へ携帯電話を忘れてしまう。酷く慌てていたからだろう。今の時代、携帯電話がなくては不自由なことも多いのだ。生徒から、連絡が入ることもある。喜多の家を訪ねる大義名分を手に入れた絹江は、仕方なく。預かっていた鍵を使い、彼の家へ足を向けたのだった。

 誰も居ない喜多の自宅で、無事携帯電話を手にした絹江は、そのまま踵を返そうとした。だが、どうせ来たのだからと、彼のために夕食の準備に取り掛かる。簡単なものをいくつか作り、冷蔵庫へ収め。さて、今度こそ去ろうとした瞬間、喜多が帰宅した。
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