奪取―[Berry's版]
 玄関先で、幽霊でも見たのかと思うほど、驚く喜多を前に。絹江は小さな声で、「おかえりなさい」と告げた。すると、喜多は絹江を抱きかかえ、感謝の言葉を口にしたのだ。それは、何度も何度も。

 愛の言葉を囁かれたわけでもない。ましてや、思いの丈をぶつけられるように身体を重ねたわけでもないが。喜多のその態度が、絹江の心を暖かく包んだ。

 以来、絹江は2,3日に一度喜多の家へ足を向けていた。夕食を作り、彼を出迎える。
 出迎えたときの彼の笑顔を、絹江は見たかった。会いたかったのだ。

「あ、絹江さん。またぼんやりしてる」

 慣れ親しんだ声に、絹江は笑顔のまま振り返る。本日も、全身黒尽くめの将治の姿があった。ゆっくりとした足取りで、隣まで来た将治が絹江に問う。今日は、何を考えていたのかと。

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