奪取―[Berry's版]
 隣に立つ男性の腕を取り、自身の爪先へ視線を落としていた絹江は、喜多の存在に気付いていない。男性に促され、絹江が足を踏み出す。ふらついた絹江の肩を、男性が支えた。絹江の剥き出しの肩に、腕に。男性の手が触れる。淡く頬を赤く染めた絹江が、男性を見上げた。苦笑を浮かべ、視線を前へとずらし……。
 ――喜多を捉えた。

 眸がこれ以上ないほど大きく、見開かれる。絹江の眸は、同時に喜多の隣に居る女性も捉えていた。そして、ぶつかった喜多と絹江の視線は、瞬時に逸らされる。絹江から一方的に。
 絹江の異変に気付くこともなく。男性は喜多へ会釈をし、エレベーター内まで進み身体を180度回転させた。男性の腕を取っていた絹江も、倣う形で、喜多へ背中を向けた。
 瞬間、喜多は全身を駆け巡る血液が沸騰して行くような感覚に襲われる。
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