奪取―[Berry's版]
「なに?」
「いや。年寄りくさい台詞だなあと」
「……事実、35歳目前は若くないと思うけれど」
「確かに。若いと言うには抵抗があるけれど……。若さを羨むにはまだ、早いでしょう」

 返答に困り、絹江は言葉を詰まらせる。絹江が羨んだのは、若さではないと気付かされたからだ。
 ただ、愛しい人に愛しいと伝える。いや、それ以前に。愛しいと思う気持ちを自身が認める。絹江には、それすら難しい。
 絹江が手にしていたグラスを受け取り、近くにあったテーブルに置いた。空になった絹江の手に、将治のそれが重なる。

「経験を重ねれば、重ねるほど。踏み出す一歩は慎重で、恐怖を伴う。けれども、踏み出さなきゃ、なにも始まらないよ。絹江さん」

 言い終わるや否や。将治が絹江を抱き寄せた。

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