奪取―[Berry's版]
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「その着物、懐かしいね」

 テーブルに水が運ばれ、互いにメニューを眺めているとき。喜多が切り出した。
 本日、絹江が身に纏っていた着物は、白大島であった。絹江が、生まれて初めて自分のために、自身で仕立てた着物だ。小さな十字絣が散りばめられたそれを手に入れたのは、10年近く前のことになるだろう。既に一度、解き洗いもしている思い入れのある大事な品である。
 初めて仕立てる着物に、白大島とは贅沢だと。絹江は周囲から言われたが気にはしなかった。万能な江戸小紋や、定番の泥大島も考えなかったわけではないが。この白大島の反物を前にしたとき、呼ばれた気がしたのだ。「私を貴方のところへ連れてって」と。

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