奪取―[Berry's版]
 いつもの普段着として済ませるならば、絹江はほとんど補正を使用しない。胸元にハンカチを一枚と、腰にぐるりとタオルを巻くくらいだ。だが、初心者を相手とした教室中となれば、話は変わってくる。着物に慣れない人が、着崩れを少なく着用するには、補正が重要になってくるからだ。
 目の前の現実を受け入れきれず、項垂れる絹江を前に。喜多は意図的にだろう、違う話題を振った。

「きぬちゃん、時間は大丈夫?」

 右手に嵌めた腕時計を、喜多が絹江の前に差し出した。芋虫のように、布団に包まり顔だけを出した状態で。時刻を確認し、一度は胸を撫で下ろしたものの。次の瞬間、絹江の顔に困惑の色が浮かぶ。
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