あたしのトナリ。
 店長の婚約祝賀会は駅前の、ちょっとお洒落な居酒屋さんで行われた。いつもあたしたちスタッフが仕事終わりによく来るお店だ。普段はは4、5人でボックス席に通されることが多いけど、今日は大人数だからか大部屋に通された。
 居酒屋の大部屋、と言ってもお座敷じゃなくて、カラオケの大部屋のような雰囲気だった。
「皆さん、今日もお仕事お疲れ様でした! ではでは、宮地店長の婚約を祝して……かんぱーい!」
『かんぱーい!!』
 サブの伊織さんが音頭をとって、店長のお祝いは始まった。
 店長も他のスタッフも手には生ビールの入ったジョッキ、あたしはカシスオレンジの入ったグラス。あたしも皆のようにビールで乾杯! ってしてみたいけど飲めないものは仕方ない。あたしは極端にお酒に弱いのだ。
 注文したおつまみや料理が次々と運ばれてくる頃、店長の周りにいた人たちによるお約束の質問攻撃がはじまった。
「で、店長! お相手は噂の社長令嬢でいいんですよね!?」
「ん、ああ……まあ、そうだけど」
「うわあ、店長の彼女が社長令嬢ってマジだったんだ!」
「あんた信じてなかったの? よくうちの店に来てるじゃん」
 あたしは宮地さんから一番遠いところに座って、何を言うわけでもなくじっとその話を聞いていた。
 宮地さんの彼女、いや婚約者――名前は有紗さん、っていったっけ――はあたしも何回か見たことがある。釣り目気味の少し性格のキツそうな感じの人、というのは慧子さんの言っていた第一印象だ。あたしはどちらかというと、お嬢様オーラが全開の人だなあ、という感じ。
 聞いたところによるとお父様は証券会社の社長で、宮地さんとのお付き合いは有紗さんからの一目惚れで始まったそうだ。年はあたしとあまり変わらないらしく(それでも向こうのほうが少しは年上だろうけど)よく宮地さんはあたしやスタッフたちにあたしと同じ年頃の女の子が欲しがりそうなものを尋ねにきていた。
 ただ気になるのは、宮地さんが有紗さんの話をする時浮かない顔をする、っていうか……なんだかやつれてる? ほら、今だって、
「!?」
 その時、ぎゅむっとあたしの耳の穴に何かが突っ込まれた。何事かと慌てて後ろを見ると、あたしの耳の穴に指を入れて、いたずらっ子のように笑う慧子さんと右手にグラス、左手に一升瓶を持った酒豪・由香里さんがいた。
「け、慧子さん? 由香里さん?」
「麻衣ちゃんはぁ~、あんな話聞かなくっていいの」
 と、言うと由香里さんは持っていた一升瓶をどん! とあたしの前のテーブルに置いた。ラベルを見るとそれは物騒な名前の日本酒だった。由香里さんは見た目も喋り方も、中身もふわふわしていて可愛らしいのに妙に漢気溢れるところがある。社内一の酒豪と言われる事業部長の高瀬さんを一発でKOさせるくらいお酒に強いところとか。
「麻衣ちゃん、嫌なことをすぐ忘れる方法は何か知ってる~?」
「し、知りません……なんですか」
 嫌な予感に、背中に汗がつーっと流れる。
「お酒を飲んじゃえば忘れられるんだよ~」
 トレードマークのツインテールを揺らして微笑みかけられても完全に台詞が間違っている。
「でもあたし、お酒あんまり飲めないし……」
「だからこそ、よ!!」
 今度は慧子さんだ。
「今日くらいパーッと飲みな飲みな! 店長のおめでとう会でもあるけど裏ではあんたの失恋慰め会でもあるんだから。この機会に日本酒とかどう? これ、由香里のオススメだから」
 よく見ると慧子さんの顔はほんの薄っすらと上気している。完全に出来上がってる、とまではいかないけどそこそこ酔ってるに違いない。
 この状態の慧子さんに何を言っても無駄だと由香里さんを見れば、やっぱりニコニコと両手にグラスを持って待機している。なんとなくその由香里さんの後ろを見遣れば屍が山のように積みあがっていた、可哀想に。
 他の先輩に助けを求めようにもみんな困ったように笑う宮地さんに寄ってたかってまだ質問攻撃を浴びせている。
 もうあたしに逃げ場は、ない。
「逃げちゃ駄目だよ、麻衣ちゃん☆」
 そんなあたしの心を見透かしたかのような由香里さん、もとい、魔王様からの最終通告。
「……ハイ」
 こうなりゃヤケだ。どうせ明日はお店もお休みだし一日潰れたって何も問題はない。それに宮地さんのことも、宮地さんへの恋心も忘れられるのなら。
 あたしは覚悟を決めて、由香里さんに差し出されたグラスの中のお酒を一気に呷った。
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