あの頃…
別れ際、放たれた短い言葉

でも、向けられた瞳はとても優しかったのを今でも覚えている

「次に会うときは一端の社会人になったときだと思ったのになー」

凄いでしょ?そう言って見上げれば、きっとあの瞳はもう一度微笑んでくれるから

だからそれまでは戻らないと決めていたのに

戻ってきてしまったことが、戻ってくることをどこかでわかっていた自分が

なんだか悔しい

時々、何もかも忘れて気楽に生きることが出来たならどんなに楽だろうと思うのは

それだけ自分の人生を諦めてしまっているからだろうか

「彩良ちゃん」

沈黙を破った声は、透き通っていて思わず振り返る

「検査の準備、しようか」

見つめてくる瞳は、穏やかで

無言で頭を撫でてくる漆黒の瞳とはまた違った安らぎを与えてくれる

「…うん」

頷いて外した視線を戻せば、にっこりと笑顔が向けられる

海斗がなぜ、しるふを第一助手に選んだのか、わかったような気がした


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