あの頃…
「黒崎先生、一番ベッドの患者さんのご家族夕方にみえられるそうよ」

回診を終え、医局に戻ると神宮寺と視線が合う

夕方か、と時計を見ればすでに13時を刻んでいる

そう言えば先ほど空腹感を覚えたな、と息をつく

「にしても立花先生がいないと何か物足りないのよね」

思いついたようなつぶやきに

「またそれですか」

思わず返す

「だって、本当のことなんだもの。ふと気がつくといないことが寂しくてね。塵も積もればなんとやら、ね」

そう言って視線を窓の外にやる神宮寺を眺める

海斗にしてみれば、ぎゃんぎゃん吠えているじゃじゃ馬が居なくなって

やっと静かになったと身に染みて思っているのに

それとも自分も心のどこかであの小さな存在の不在を寂しく思っていたりするのだろうか

まあ、医者になって一番密で色の濃かった日々だということは認めよう

毎日毎日振り回されて

どこにどう飛んでいくかわからないじゃじゃ馬の手綱を握り、

握っているはずなのに気がついたらすり抜けていて

少しだけ慌てたことも認めよう
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