あの頃…
「でもいいんです。黒崎先生にケーキとそれから寒い中頑張ってきたんですって訴えてディナーでも奢ってもらうんです」

「そう」

嬉しそうに笑うしるふにそっと微笑み返す

「立花先生くらいね、黒崎先生を私用で連れまわせるのは」

あの一匹狼は基本、女性の誘いには応えない

数少ない連絡を取る知り合いも

姉であったり、姪であったり、親友の彼女であったり

「連れまわしてなんてないですよ」

あ、でも秋にランチ一緒したっけか

ナビが壊れているからと乗せてくれた助手席は他の意味を持たないのだろうか

あまり使用感のない座席に身を沈めながらそう思った

あっさり送ってくれて、あっさりと交差点を曲がって消えていった車

近くにいるのか遠くにいるのか

いつも測りかねる

「黒崎先生探してきますね」

あの時の切なさを思い出しながら医局を出る

階段を下りれば、少し照明を落とした院内が続く

外はすでに街灯が存在を大きくしている
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