あの頃…
「なんですか」

振り返れば、暗闇なのにはっきりと映る漆黒の瞳

「頭金、払ってやるから来い」

そういって踵を返す

「あ、黒崎先生!」

待ってくださいよ!!

追いつくのを待っていてはくれないけれど、その歩調はとてもゆっくりだ

「いいんですか、ERに戻らなくて」

急患でも入ったりしたら

「そしたら連絡来るだろう」

食事中でも休憩中でも、仮眠中でも容赦なく鳴る仕事用携帯

ワンプッシュでコールできる、急いでいるときにはとっても便利な代物だ

「まあ、そうですけど」

もごもごと少し不満そうにつぶやくしるふに

「めったにないぞ、俺がこんな大金払うなんて」

なんて偉そうに言わないでほしい

「でも、いくらなんでも勤務中に病院から離れるのはいかがなものかと思うんですよ」

だから頭金のケーキは後日でいいです

そういって見上げれば、少し呆れ気味な漆黒の瞳が見下ろしてくる

「前にも言ったろう。俺はここら辺のケーキ屋なんて知らない」

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