あの頃…
「嘘でしょう」

つぶやいた言葉は無意識

「いつ!?いつアメリカになんて飛んだんですか!?」

「えっと、3週間、前くらいかしら」

しるふの勢いに押されて、少し体制を引き気味に神宮司が答える

「3週間、前」

たった3週間前

海斗は独りアメリカに行ってしまったというのか

「あ、でも、もちろん手術が…」

「あ、立花先生カンファレンス、始めるわよ」

隣で口を開いた莉彩の言葉は、あまりの衝撃と神宮寺に遮られてしまう

「…ったのに」

口からこぼれるのは、小さい小さい声

無意識にそっと唇を噛む

待ってるって言ったのに

あの時々しか見せない優しい瞳で

海斗らしい短い言葉で

でも、しっかりと約束したではないか

なのに

「なんで」

アメリカになんて行ってしまうんだ

近づいたと思ったのにまた遠ざかる大きい背中

アメリカになんて行かれたら、もう手を伸ばしたって届かない

どんなに目を凝らしたって見つけられない

近づいたと思っていたのは自分だけだったのだろうか

あの一ミリの隙間は、気まぐれか

「黒崎先生の、ばか」

そっとつぶやいた言葉に力はなく、誰にも届かずに消えていく

憤りよりも何よりもあの姿に逢えないことがこんなに哀しい

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