あの頃…
「立花」

呼ぶ声音は、とても優しい

そっと視線を上げれば、あの穏やかになった漆黒の瞳

「おかえり」

紡がれた言葉に、一瞬息をのむ

でも

「はい」

ただいま、です

響くのは、二人分の笑い声

ああ、やっぱりもっともっと近づきたいと思ってしまう

「黒崎先生」

見つめるのは、細かい砂の先

「私、黒崎先生のこと好きですよ」

さらりと風が頬をなでていく

声は、届いただろうか

流れる沈黙に、でも視線は上げられない

「…立花」

沈黙を破ったのは、海斗で、その声は少し呆れているように聞こえた

「あ、でも!これからの業務に支障をきたすようなら聞き流してください!!忘れてください!!」

ああ、やっぱりやぶってはいけなかった距離なのだろうか

「ちゃんと仕事はしますから!だから…!!」

視界が突然暗くなったと思ったら、思い切り鼻をつままれる

「…痛い、んですけど」

「じゃじゃ馬が止まらないから」
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