あの頃…

その瞳が自分に向けられるとき、何の光も宿さない

「黒崎先生、」

どうしました

けれどだからと言って彼が冷酷な人間でないことは、この数年でよくわかった

悔しいがいい男だと認めるしかないほどに

「さっきの患者、気を付けておいてくれるか」

そういって視線を投げるのはあの背が消えていった出入り口

「さっき」

といいますと

「サラリーマン」

「ああ、あの人ですか。あれくらいの人黒崎先生の敵じゃないじゃないですか」

たったそれだけのやり取りで海斗の言いたいことがわかってしまうのは、

あの花に振り回される彼を身近で見てきたからだろうか

「あれはああいうタイプにまったく警戒心を示さない」

あれ、と海斗が表現するのは決まってあの真っ白い、穢れを知らない花

海斗が後生大事に咲かせると誓ったERの花だ

「…ごもっとも」

あのブラウンの瞳は莉彩が心配するほど純粋で無垢で

それを了解している海斗だから任せられると踏んだのはもう数年も前のこと