あの頃…
「えっと、彼がよくいるバーに行って彼を連れてきてくれるって」

海斗の瞳が一瞬細まったのを見逃さなかったのだろう

「すみません」

ご迷惑おかけして

佐々木が小さく頭を下げる

「いいえ、こちらこそ」

完全にしるふの行動は患者に踏み込み過ぎている

やり過ぎ、も良いところだ

そしてそれを止める立場にあるのは指導医である自分だ

「でも、先生。私けりをつけようと思います。立花先生のためにも」

あんなに必死になってくれるだもの

そう言った佐々木の顔は、もう前を向いているように思えた


木製のドアの前に立つと背後から夕日に照らされて影が映る

「たばこ臭い」

漏れている話し声と鼻腔をつく臭いにふと眉を寄せる

ドアに手をかけて大きく息を吸い込む

思い切りドアを押せば、壁にぶつかっていい音がした

一瞬で静まり返る店内

全視線が自分に向いているのが肌で感じられる




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