あの頃…

黒崎海斗の憂鬱2

心なしか重いドアを引くと真っ暗な廊下が続いている

しんと静まり返った部屋は、明かりをつけてもどこか寂しげで

自分の立てる音が妙に大きく響くのだ

黒崎病院に移ることが決まり、姉には実家が近いのだから帰って来いとさんざん言われ

きっとその方が、生活費の面や健康面で困らないと自分でも思ったけれど

それより何より、黒崎病院の跡取りへの対抗心が勝り

救命は時間も不規則で、まだ幼い娘のいる姉夫婦に悪いから、なんて

そんなとってつけたような理由を並べてこのマンションを購入した

賃貸にしなかったのは、無言の抵抗だろうか

独りには多すぎる部屋と広すぎるリビング

元々そんなに家で過ごすような生活をしていないものだからさらに生活感が欠けている

けれど、しるふと付き合うようになって

しるふがこの部屋に来るようになって

少しずつ部屋らしい部屋になってきたと思っている

「海斗の部屋はさー、広いのに物が少なすぎるのよ」

なんて言いながら、頼んでもいないのに写真を並べていって

「気が向いたときにいつでも来たいの」

だから服とか化粧品とか置かせて

なんて、とびきりの笑顔で置いて行って

今思えば、あの笑顔は確信犯なのではないだろうか
< 210 / 223 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop