あの頃…
整理がつかない今の自分に夜の冷たい風は持って来いだ

見上げる空は真っ黒で、どこまでも遠い

背後でドアの開いた音がした

ゆっくりと視線を向ければ

「黒崎先生」

指導医の姿

ベンチには座らずにしるふを見下ろしてくる

以前ほど身構えなくなったのは、それだけ親しくなったということか

「立花」

響く声は、落ち着いていて心地いい

「…わかってます」

わかっている、落ち込んでいる暇などないことを

そんなの自己満足に過ぎないのだということを

「全部の患者を救えるわけじゃない」

「わかってます!!」

そんなこと!!

じわりとにじむ涙を夜の暗闇が隠してくれる

俯いて流れる沈黙をやり過ごしていると、海斗が隣に腰かける気配がする

「今日はもう帰れ」

ゆっくりと諭すように紡がれた言葉

「嫌です」

「指導医の言うことは聞けと言ったろう」
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