あの頃…
「…今は聞きたくありません」

自分でもなんて子供っぽい言い草だろうと思う

「命令だ、帰れ」

息をついた後の海斗の言葉は、言い方の割に優しい響きがした気がした



黒崎病院の真ん中の棟に大きな図書館がある

従業員は、従業員カードでいつでも貸し出しが可能な図書館

本は多種多様で、医学書から幼児向けの絵本まで

なかなか手に入らない論文なんかもそろっているらしいから、さすがだ

ついでに言うと勉強スペースも設けられていて静かな図書館での一時は少し非日常

暇があれば医学書や論文を読むことにした

そうしないと落ち着かないし、心もとないから

埋められない知識と技術の差を少しでも縮めたい

そして一人でも多く救いたい

それだけだ

切りのいいところまで読み終えて背伸びをすれば、すでに外は夕暮れ

おもむろに視線をやった外に、そっと瞳を細める

この間久々に見た夢が脳裏をよぎる

思い出したくない10歳の秋

ふるふると頭を振ってもう一度閉じていた本を開く

止まっている暇などないのだから
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