あの頃…
「立花先生」

暗い院内のベンチに腰かけていると静かに響く声

呼ばれたと気がつくのに数秒かかった

「医局長」

「こんなところで何してるの」

そう言って隣に腰かける神宮寺

あの後、アフターケアをして患者を送りだし

そこそこの時間で切り上げてきた

「最近、詰めてない?」

黒崎先生が心配してたわよ

流れる沈黙を破ったのは、神宮寺

「黒崎先生は」

すごいですね

いつだって冷静で、一人一人の患者と向き合っているのに

切り替えだってうまい

自分よりもはるかにたくさんの仕事をこなしているのに、それを微塵も感じさせない

なのに自分は

患者を救えなくて、無力感でいっぱいで

「黒崎先生は、あなたよりさらに不器用なだけよ」

無力感を感じてもそれを表に出さないだけだ
< 56 / 223 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop