あの頃…
そう言って横を通りぬけていく海斗の背を

「ねえ、黒崎先生」

呼び止める

振り返った海斗の瞳は、以前と変わらない様に思う

すべてを諦めていて、拒絶が垣間見える瞳

「立花先生のこと、よろしくね」

「じゃじゃ馬の調教師になるつもりは、有りません」

そう答える口調も、言葉も、変わらない

でも

去っていく背は、以前より力が抜けて自然体になったような気がする

それがうれしい

携帯を確認した後、小走りに出入り口を通る海斗を

やっぱり海斗を変えられるのは、しるふだけだと思いながら見送った


波が引いては還っていく

遠くに聞こえるのは、国道を通る車の音

それに重なるように波の音

暗闇の中、月明かりに照らされて光る水面を眺める

ただ、何をするわけでもなく

規則的に、ゆっくりと揺れるそれを
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