あの頃…
「私は、誰よりも親のいないつらさが分かるから、だから早く一人前になって一人でも多くの人を救わないといけないんです」

そうしないと

目の前でいなくなった両親に合わせる顔がないから

「何年医者をやったって救えない患者は絶対にいる」

それは覆せない理だ

「わかってます…!それでも、だからって諦めるわけにはいかないんです…!!」

にじむ涙は、うつむいたおかげできっと海斗には見えていない

ぎゅっと噛み締める唇

大きな手が優しく頭を引き寄せたのは次の瞬間

その手の温かさに初めて自分が長い間ここにいたのだと認識した

「泣きたいなら泣いて良い」

どうせ暗くて泣き顔なんて見えやしない

でも、こうでもしないとこの意地っ張りはきっと大丈夫だと笑うのだ

そしてまた独り、どこかに消えていくのだ

なんと不器用で

意地っ張りで

まっすぐで

真っ白なのだろう

それがわかるから放っておけない

放っておくわけにはいかない
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