紅の約束
重い瞼を無理矢理こじ開けると、そこにはいつもと変わらぬ日常があった。

相変わらず狭い4畳半の寝室。
カーテンの隙間から降り注ぐ太陽の光…
確かにここは守零の家だった。
守零は2LDKのボロアパートに住んでいた。家賃は月3万2千円。トイレは住民共用、風呂はなし。
母親と一緒に住んでいた家は、今はただの空き家となっている。

いつ、母親が帰って来るか分からない。
だから前の家は週に1回のペースで守零が掃除をしに行っていた。

時刻は7時15分。
守零は素早く学校の制服に着替えた。
これでも守零は学校にちゃんと通っていた。出席日数は微妙だが、成績は優秀な方である。
「秀一君、いるかい?」
ドンドン、という強いノックの音と共に守零を呼ぶ声がした。
「はい、ちょっと待って下さい」
守零は玄関の鍵を開けると、そっと扉を開いた。
「秀一君、おはよう」
扉の向こう側にいたのは、このアパートの管理人、猫山だった。
どこからどう見ても大阪のおばちゃんだ。…天然なのか作っているのか分からないパーマ頭。色合いの悪い上下の服の組み合わせ。
その恰好のせいで、少々強気な感じに見えてしまうが、実際は心優しい元気なおばあ…おばさんである。
「猫山さん、おはようございます。」
「あぁ〜…また目の下にクマができてる…夜遅くまでなにしてたんだい?」
「アハハ…テストが近いので勉強を…」
「もう、気をつけてくれよ秀一君」
秀一とは、守零が日常で使っている偽名だ。
フルネームだと『霧山秀一』。
…死んだ伯父の名前。
「じゃこれ、頑張ってる秀一君にご褒美」
そう言って猫山は守零に朝食のパンを渡してくれた。
「いつもすみません…」
「いいのいいの、ほら!学校に行く時間だよ!」
「あっ本当だ…それじゃ行ってきます」
守零は靴箱の上に置いた鞄を取り、部屋を後にした。
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