Bloom ─ブルーム─
突然の“ありがとう”に驚いていると、先輩は視線を私に下げて続けた。

「病院連れてってくれて。なんか昨日はうまくお礼言えなかった気がするから」

改めて言われると戸惑ってしまう。

実際は健さんの策略にまんまとひっかかってしまっただけだし。

返事に迷っていると、先輩はふーっと息を吐き出して言った。

「親って案外近くにいるんだな」

「親?」

「うん。俺さ、どっかで“親はこうあるべき”って決めつけてたのかも。それで、俺なんかよりずっと上のとこにいるはずなんだって。

だから、間違ったことした親を許せなかったんだ。

けど、昨日帰宅して病院行ったって伝えたらさ、親父、頭下げるんだよ。こんな俺に。

『すまんな』って。

あんな親父、初めて見た」

先輩は寂しそうにため息をついた。

けど、寂しいから出たため息じゃないんだって、次の言葉を聞いてわかった。

「そんな親父見てたら、こいつもフツーの人間なんだなって思っちゃって。

冷めた目で上から見下ろしてる風だったけど、案外すぐ近くで手探りしながら親やってたのかもってさ。

そしたらさ、なんだか急に意地張ってるのがバカらしくなっちゃって。

しょうがないから、晩酌つきあってやったよ」

お父さんへの強い怒りを抜くために吐き出した息だったんだ。

同時に先輩の肩からスーッと力が抜けてくように見えた。

「里花のおかげだよ」

そして今度は、青いだけになった空を見上げるから、私も同じように視線を上げた。

ひとつ乗り越えた先輩と見つけた空は、またさらに澄んだように感じる。

そっと微笑んだ先輩の顔を、私はきっと忘れないだろうって思った。

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