弁護士先生と恋する事務員
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少しだけひんやりとした夜風が素肌の上をすり抜けていく。
神社へと続く石畳の両脇には、
オレンジ色の電球をぶら下げた夜店がずらりと並んでいる。
ワイワイとはしゃぐ学生達、小さな子供を肩車して歩く家族連れ、
手を繋いで寄りそう恋人達。
そこに来た誰もが、夏の夜の特別な一日を楽しもうとしていた。
入口からほど近くに、事務所行きつけの店
『居酒屋ジロウ』の出店が、焼き鳥やおでんを売っていた。
「あら、ジロウちゃん!お疲れ様ー」
ジロウさんと仲良しの柴田さんが声をかける。
「おう、柴田さんに先生方!待ってたよ、ほらほら座って。」
炭火で焼き鳥を焼きながら、ジロウさんは黒ぶち眼鏡をくいっと上げて奥にあるテーブル席を目で指した。
店の奥からジロウさんの奥さんである通称“おばちゃん”も出て来てこっちこっちと空いている席に手招きをする。
「あーん、ママ、ジュリ王子とお祭り見て来たいんだー。後ででもいいでしょ?」
「あらそうね。若い人達はゆっくりお祭り見ていらっしゃいよ。アタシはここで飲んでるからさ。」
これはジュリアさんと安城先生のお祭りデート作戦なのだ。
もちろん私も一役噛んでいる。
「それじゃあまず夜店を見て歩きましょうか。ほら、安城先生も、剣淵先生も行きますよ。」
「行ってらっしゃーい!プハー、あたしゃ飲んでるのが一番だわ。がはははは!」
柴田さんおなじみのがはは笑いに背中を押され、前には安城先生とジュリアさん、後ろに剣淵先生と私が並んで夜店の通路を歩き始めた。
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威勢のいい客引きの声と、ザワザワとした大勢の人たちの話声。
金魚すくい、射的、ヨーヨー釣りに型抜き。
かき氷、わたがし、クレープ、お好み焼き。
夢の中にいるようなその独特の雰囲気に、
ただ歩いているだけでも子供に返ったようにワクワクしてくる。
「あ、あいつら先に行っちまったぞ?詩織。」
先を歩いていたジュリアさん達は、人ごみにまぎれてもうずっと前の方へ行ってしまった。
「すっかりはぐれちゃいましたねー。人が多いからしょうがないですよね。ここからは先生と私で行きましょうか。」
(実はこうなる事も計算済みだったりする…)
「あ!?………お前、あいつと一緒じゃなくていいのかよ?」
先生はジュリアさん達が行ってしまった方向を見ながら怪訝な表情を浮かべてそう言った。
「いいんですいいんです。私たち仲良しですけどいつもべったりってわけじゃないですから。」
私がニコニコしながらそう言うと、先生はますます府に落ちないというような顔をした。
「……そういうもんなのか?ドライっつーかなんつーか…
最近の若い奴らの感覚は俺にはさっっっぱりわからねえな。」
先生は、ぐしゃぐしゃと自分の髪をかきむしってため息をつき、あきらめたように
「ま、いーか。」
そう言って歩き始めた。
(そんなに不思議な事かなあ。中学生の女子同士じゃないんだから、お祭りぐらいはやっぱり男の子と歩きたいでしょう、普通)
ヘンなセンセイ。
こうして私と先生は、日も暮れ始めた夜店の中を
二人きりで歩き出したのだった。