弁護士先生と恋する事務員
先生の顔が近づいてくる。
私は静かに、目を閉じた―――
「おおーい、先生と詩織ちゃん、こんなすみっこで何やってんの。」
暗闇の方から聞き覚えのある声がして
ビクン、と弾かれた様に二人同時に振りかえる。
「こんな所にいたのかい。遠慮しねえで早くうちの店においでって。他の三人でもう飲んでるよ~。」
そこには、額に汗をかきながら、うんしょ、うんしょとビールのケースを運んでいる居酒屋ジロウの店主、ジロウさんがいた。
「……………」
「……………」
気まずい沈黙が二人を包む。
「……おじちゃん、俺が今、何しようとしてたかちゃんと見てた?」
先生がひくひくと顔をひきつらせてジロウさんに言った。
(―――『今、何しようとしてたか』なんて……)
先生の言葉に、顔にボッと火がついたように熱くなる。
「うーん?ちょっとわかんねえなあー。おじちゃん近眼で老眼で、おまけに鳥目だから最近とんとメガネ合わなくてねえ。はははは」
もちろん先生がこめかみに青筋を立てている事にも気づかないジロウさんは、ニコニコ笑いながらそう言った。
「ほらほら、一緒に行くよ?」
「フンッ!!」
鼻息も荒くジロウさんの手からビールケースを奪うと、先生はドスドスと足をふみならしながら、店まで歩いて行ってしまった。
「あらあら、先生、申し訳ないねえ!」
私とジロウさんは慌てて先生の後を追いかけた。
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「あらー、やっと帰ってきたの、先生、詩織ちゃん。」
ジロウさんの奥さんが、出迎えてくれると
「ちょっとおばちゃん、おじちゃんのメガネ、度があってねえよ!ちゃんと合ったやつに変えてあげて!おばちゃんの責任だからね!」
先生が目を三角に吊り上げて文句を言った。
「あらアンタ、何やったの。先生プリプリ怒ってるじゃないか。」
「まーあまーあ、座って。さあ、飲むよ食べるよーきゃんぱーい!」
「柴田さんもう出来上がってんじゃねえか」
「がははのはー!」
「……」
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こうして私たちは気まずい思いを抱えつつ、
ジロウで飲み始めたのだったが。
数分後―――
先生のスマホが振動した。
「はい、剣淵」
微かに高い声が漏れてくる。
(女の人の声?)
ドキン、とズキン、が同時に心臓を駆け抜ける。
「……はい、ええ…わかりました。連絡します。」
電話を切った先生は、少しだけ緊迫した表情を浮かべながら
淡々とした声で言った。
「尊のお母さんからだ。昨日の夜、父親と衝突して家を飛び出して帰って来ねえんだと。
警察に連絡するかどうか迷ってるんだがその前に俺に知らねえかって尋ねてきた。
悪ぃけど、俺ちょっと探しに行ってくるわ。」
「私も行きます!」
迷わず私も立ちあがると、柴田さんやジロウさん達に挨拶をして
祭り会場を後にしたのだった。
*『うちのセンセイ』[7]金魚・綿菓子・夏の夜/おしまい*