弁護士先生と恋する事務員
捜索
「チッ、今夜は飲んじまったから運転できねえな。
よし、大通りからタクシーつかまえるぞ。来い、詩織。」
走りだした先生について行くだけで、私の呼吸は早速苦しくなる。
「ハア、ハア、心当たり、あるんですか?」
「まあ、一つだけな」
先生は大きく片手を上げタクシーをつかまえると
住宅街の住所を告げながら乗り込んだ。
「そこにいればいいけどな…」
目的地に着く間、先生は最近の尊君の様子を話してくれた。
相変わらず横暴な父親と、それに従うだけの母親に不信感を募らせていた事。
病院の後継ぎになる事をしつこいくらい言い聞かせられて
自分の意思など聞きもしない父親にキレそうになっていた事。
先生とのメールのやり取りも減ってきて
どうやら少々自暴自棄になっていて、
塾をサボったり夜遅くまで出歩いて、父親と一瞬即発の状態だった事。
そんな話を聞きながら心を痛めているうちに、タクシーは混みいった住宅街の、二階建ての古びたアパートに到着した。
「運転手さん、悪ぃけど、このままちょっと待っててくれるか?」
先生はそう言ってタクシーを降りると、アパートの一階の、一番右の家の網戸の窓から声をかけた。
「おい、雄太いるか?そこに尊、いねえか?」
数秒後、カーテンが開いて、網戸の向こうに中学生ぐらいの男の子が顔を見せた。
「あ、タケルの弁護士の先生…」
「尊を探してんだ。お前んとこにいねえのか。」
「タケル… 昨夜うちに泊まったけど、俺の母ちゃんに家に戻れって言われて」
「出てったんだな。家には帰ってねえんだ。どこに行ったか知らねえか?」
雄太と呼ばれた男の子は、うーん、とうなって口ごもった。
「このままだと、今夜にも尊の母ちゃんが警察に捜索願いを出すだろう。
単なる家出でそこまで大ごとにされたら、さすがにアイツも恥ずかしいだろうよ。」
雄太君はポリポリと鼻の頭を指でかいて、渋々といった感じで口を開いた。
「……あいつ最近、悪いのとツルんでるみたい。今はまだ、ゲーセン行ったりどっかの家に集まってるだけみたいだけど…
そいつらって、族と繋がってるとか、もっと上にはヤバイのがついてるとか、とにかく悪い噂しか聞かないんだ。タケルにはそんなのとツルむなって言ってんだけど…」
「ゲーセン… わかった、サンキュ。もし尊から連絡あったら俺に電話しろって言ってくれ。雄太もここに電話くれ。」
先生はポケットから小さな手帳とペンを取り出して、サラサラと電話番号を書いたメモをビリっと破いて雄太君に渡した。
「あ、弁護士の先生、ちょっと待って!これタケルのパーカー。会ったら渡しておいて。」
先生は雄太君からグレーのパーカーを受け取ると、
またタクシーに乗り込んで繁華街へ向かってほしいと告げた。