弁護士先生と恋する事務員
「―――――」
駆けあがった先にあったのは、暗い廊下の静寂だけ。
尊君の姿は影も形もなかった。
「いませんね。」
「…………」
しばらく二人は乱れた呼吸を整えながら、しばし呆然とたたずんでいた。
カツッ、カツッ、カツッ
馬の蹄(ヒズメ)みたいな音を立てて、パンダが階段を上ってきた。
鼻先で床をクンクンと嗅ぎ周り、事務所のドアの前でひときわウロウロと行き来すると
「ワンッ!」
ついて来て、とでもいうように私たちを振りかえり一声鳴いて
商店街の道を戻り始めた。
何かを感じたのだろう。
私たちはいつの間にか、パンダの行き先に確信を覚えていた。
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そこは、私が酔っ払ってしまった時、先生に介抱してもらった川沿いの道。
夜空の月を水面に映して、静かに流れていく川の手前に
膝を抱えてちょこんと座る小さな影があった。
(―――いた!)
私たちはゆっくりとその陰に近づいて、その両側に腰を下ろした。
「―――っ!!」
尊君は驚いた顔で私たちを見ると、くしゃりと顔を歪めて自分の膝の上に顔をうずめた。
「せっかく事務所に来てくれたのに、いなくてごめんな。」
先生が優しく声をかけると、微かにしゃくりあげる声をもらしながら尊君は左右に首を振った。
「あいつらから財布とスマホ、取り返してやったぞ。」
先生は尊君の後頭部を大きな手でぐしゃぐしゃと撫でると
「だけど、あんな奴らとツルんでたお前も悪い。」
そう言って、ゴツンとゲンコツをくらわせた。
「もう近寄るなよ?」
先生がまた優しく諭すような声でそう言うと、さっきより嗚咽を漏らししゃくりあげながら、尊君はうんうんと頷いた。
銀河の果てまで見渡せそうな夜だった。
川の水が流れる音が、熱帯夜を優しく冷ましていく―――