弁護士先生と恋する事務員


午後。


「外回りに行ってきまーす。」


銀行と法務局を回る準備をして、私はよつばビルの一階出口から飛びだした。と、途端に――



ドンッ!



いきなり誰かとぶつかってしまった。



「あっ、すみません!大丈夫ですか?」


「いや、私は大丈夫。」



低く、耳心地の良い声が聞こえて、ぶつかった相手を見る。


大きく広い胸。ほのかに上品な香水の香り。


そこには仕立ての良いスーツを生真面目に着こんだ紳士が立っていた。



「お嬢さんこそ、大丈夫?」



60代前半ぐらいだろうか。


ほほ笑むその顔は、初めて会ったはずなのに昔からよく知っているような気持ちにさせられる。


精悍でいてやわらかな顔立ち、長い睫毛、愁いを帯びた瞳。


映画俳優かと思うほど“二枚目”という言葉がぴったりな渋いオジサマだった。


(誰かに似てる…誰かに… もしかしてこの人は―――)



「あっ!」


私はその人の襟に光る、ヒマワリを象った丸いバッジを見て確信してしまった。


(弁護士バッジ…)


「もしかして、剣淵先生の―――」


おや、という顔をして紳士は私を見た。


「光太郎の父です。あなたは、事務所の?」


「は、はい!事務員の伊藤です。初めまして!」


~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


先生のお父さんも弁護士さんだという話は

以前柴田さんからちらりと聞いた事があった。


なんでも街中の方で大きな弁護士事務所を構えているとかなんとか。


それにしても、先生の所へ、何の用だったのかな。


私が外回りから帰ってきたらもういなかったけれど

先生とお父さん、背格好も顔立ちもよく似ていたな。


すごくかっこ良かった。もう一度、お会いしたかったなあ。




―――先生のお父さんが、どんな目的でやってきたのかも知らないで


私はそんな風に、のん気な事を考えていた―――



 
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