弁護士先生と恋する事務員
「だけどどうして先生は、お父さんの事務所を継がなかったの?」
「そうだなあ… 弁護士の仕事って言っても幅は広くてなあ。
尊には病院に例えた方がわかりやすいか。
まずは大きな総合病院や大学病院ってのがあるだろ。こういう所では高度な検査やら手術やらに対応できるんだよな?」
「うん。」
「それから入院設備のある中規模な病院、そしておじいちゃん先生が一人でやっているような町医者までいろいろあるが…
尊はどの病院が優れててどの病院が劣ってると思う?」
「え…、いや、そんなのないよ。総合的に診てもらえる大病院は必要だし、
おじいちゃんが一人でやってるような所は、近くて空いてて時間外でも診てくれたりすることもあるし。優劣なんてないと思う。」
「だよな?弁護士事務所も同じだ。弁護士を何百人も抱えている巨大事務所から、オヤジの所みたいな中規模な事務所、そしてここみたいに少人数の個人事務所まで。
俺が弁護士になる時に、どんな仕事をしていきたいかって考えた時―――
大企業相手の仕事より、町医者みたいな、町ベンって言うんだけどな、そういうのが合ってるんじゃねえかって、そう思ったんだ。」
「そうなんだ。」
「まあ、オヤジにはいまだに、早く事務所を継げって言われてるけどな。」
(あ、先生のお父さん… もしかしてこの前来たのもそれを言いに?)
「ま、継ぐ気はねえけどな。」
先生はハンバーグをパクっと口に放りこんで、そう言った。
「親のいいなりになるのが親孝行だとは思わねえよ。俺は俺らしく、お前はお前らしく。それが一番だ、なあ、尊。」
「……うん。そうだね。」
先生の言葉に力強く頷いた尊君は、先生とそっくりな笑顔でニカッと笑って見せた。
―――この先、尊君にはまだまだ沢山の試練が待ち受けているかもしれないけれど
意志の強い眼差しは初めて会った時から変わらない。
きっと大丈夫。
尊君の横顔を見つめながら、私はそう思っていた――。