弁護士先生と恋する事務員
終了
「チーーーン。終わったな。」
給湯室で片づけをしていると
後ろから、神経を逆なでするあの声が聞こえてきた。
「……今、チーンって言いましたよね、チーンって。」
ふるふると震えながら安城先生を振りかえる。
(バ、バカにするにも程があるでしょ――)
「せっかくお洒落してまあまあみられるようになったのにね。
伊藤さん、どんまい。」
神妙な顔をして、ポンポンと私の肩をたたく安城先生。
(…この真面目くさった顔…絶対バカにしてる!ポーカーフェイスの下で、腹わたよじって笑ってるはずだ)
く、悔しいっ
(泣いたら負けだ、泣いたら負けだ…)
ブラック祐介になんて絶対負けないんだから。
涙目で睨んでいると、安城先生はたたみかけるようにからかい続けてくる。
「しっかしすごい美人だよね。残念ながら、伊藤さんの勝ち目はゼロだな。」
(そこまで言い切るか、こんちくしょー!この腹黒王子め!)
私の悔しそうな顔を見てニヤリと口角を上げた安城先生は
急にヒソヒソ声になって私の耳元で囁いた。
「いっその事、俺にしてみる?」
(はい!?)
突然、何を言われたのか理解できずポカーンとしていると
「あ、冗談冗談、真に受けない。俺じつは、尋常じゃない程面食いなんだよ。」
(し……知るか!!)
「もう、人を小バカにするのもいい加減にしてくださーいっ!!」
我慢の限界を超えて、私は安城先生のボディーにポカポカとネコパンチを食らわしてやった。
(クソッ、クソッ、クソッ……)
半ば、乙女とは言い難いお下品な言葉を心の中で連呼しながらポカポカ殴り続けていると、急にその手が、強い力で止められた。
「と、止めないで、柴田さん!安城先生はね、こんな爽やかな顔してるけど裏では―――」
「―――詩織。」
低く、制する声に驚いて振り向くと、私の腕を掴んでいたのは剣淵先生だった。
私を見るその顔には、怒りと何かが混ざったような、苦々しい表情が浮かんでいる。
「事務所ン中で痴話ゲンカするのはやめてくれ。」
(痴話ゲンカって―――)
先生はぐぐぐ、と力を込めて安城先生から私を引きはがすと
「お茶、おかわり。」
すごく不機嫌な声で、命令するみたいに言ったのだった。