弁護士先生と恋する事務員


「あのなあ、こう見えても兄ちゃんもけっこう忙しいんだぞ。

明日はすっげーすっげー大事な試験があってな、これから最終の電車でとんぼ返りしなけりゃならねえんだよ。

あ、ここは俺の地元で今住んでるのはこっから3時間かかるんだ。

まあそんなわけで急いでるんだ。だけどおまえが家に帰るまでは俺が見届けてやるから、早く教えろ。」


コンビニの前でそんなやりとりをする二人。

その人はTシャツ、ジーンズ姿にワンショルダーの小さなリュックというごくシンプルな格好をしているのに、雑誌から抜け出してきたモデルのように目立っていた。


「大事な試験?」


「ああ。俺は弁護士目指してんだ。その試験。」


「弁護士?」


(弁護士ってなんだっけ…)


ほとんどテレビを見ない無知な私は、きっとポカーンとしていたんだと思う。

その人は笑って教えてくれた。


「弁護士っていうのは簡単に言うと、困ってる人のトラブルを解決する手伝いをする仕事だ。

誰かの役に立てるなんて、やりがいがあるだろ?」


その人は白い歯を見せてニカッと笑った。

その笑顔があんまりにも屈託がなくて、大人の男の人なのになんだか無邪気に思えて、心臓がドキリと音を立てた。


「…そ、そうなんだ。なんかいい仕事だね。私は大丈夫だから、お兄さん早く駅に向かった方がいいよ。」


「お前を置いて帰れるかよ。いくらガキでも女なんだから、こんな時間にウロウロしてたらさっきみたいに襲われるんだぞ?」


その人は私の頭に大きな手をポン、と置いて


「親とケンカでもしたのか?兄ちゃんも一緒に謝ってやるから、家に帰るぞ。今頃父ちゃんも母ちゃんも心配してるだろ。」


「………」


「どうした」


うつむいてしまった私を、心配そうに覗き込む。


「……家には帰れない。誰も心配なんかしてないし。」


「なんでだよ」


「だって…」


―――その時、すべてを話す気になったのはどうしてだろう。

誰にも、母親にも言った事のない小さな私の大きな悩みを

出会ったばかりのその人に話してしまったのは

きっとその人の持つ、裏も表もない、真っ正直なオーラのせいだろう。

 
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