弁護士先生と恋する事務員
光射す
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「―――お前、あの時の……中坊か」
先生は遠い記憶の糸を手繰るように目を細めて
それから感慨深げに深い息を吐いた。
「そ、その節はどうも…大変お世話になっちゃって」
伝えたい事はたくさんあったのに。
私の口から出てきた第一声はそんな間の抜けたセリフだった。
「……そうか、あの時の…」
ダイニングの窓からは心地いい風が吹き込んできて
先生の前髪をサラサラと揺らした。
「先生のおかげで、無事に大人になれました。」
そう言うと、先生と私は顔を見合わせて
なんとも複雑な表情で笑いあった。
*.....*.....*.....*
母親にあいつの事を洗いざらい告白した時、
母親はすごく私の事を心配してくれて、
あいつとは即刻離婚する!と言ってくれた。
先生が言った通り、母親は私を捨てたりしなかった。
それは私にとって、自分の存在意義を左右する重大な出来事で
私の生きる世界が光となるか闇となるか、
それぐらいの意味を持っていたんだ。
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「三年前、偶然ネットで先生の事務所の名前を見つけた時、手が震えました。」
黒い革張りのソファーに二人並んで座ると、
先生は私の腰に手をまわして、横から抱きしめるようにして聞いてくれた。
「私を助けてくれたあのお兄さんが、弁護士になるっていう夢をかなえて、おまけに自分の事務所まで開いていて、もう…すごいって思った。」
「それで花を贈ってくれたのか。」
「はい。…でも、毎月お給料をもらうとまた送りたくなっちゃって…
先生と繋がっていられるのはあの花束だけだったから」
「俺がそれにどれほど勇気づけられたか。どんなに虚勢を張ったって、迷いや戸惑う事は常にあるんだ。」
先生は私の頭をくしゃくしゃくしゃ、と撫でてそう言った。
「佐倉… 桜か。」
先生は、確認するように、ポツリと呟いた。
「……気づいてやれなくてごめんな、詩織」
「えっ…いいえ!」
私は頭を左右に振った。
謝られる事なんて一つもない。
私と先生は、八年も前にたった一度、会ったきりなのだ。
むしろ私の方こそ黙っていてごめんなさいと言うべきなのに。
先生は私の体を引き寄せると
首筋に顔をうずめて、じっと動かなくなってしまった。
「……先生?」
静寂が、二人の間を流れていく。
「―――なんか胸がいっぱいになった…」
先生の声は、ため息と一緒に吐きだされた。
「お前、俺の所に来てくれたんだなあ…」
先生は私を抱きしめる腕に力を込めた。
「嬉しいよ、本当に」
私も、遠くの青空を見つめながら
胸が、いっぱいだった――