弁護士先生と恋する事務員
そんなわけで、私の両手には、小さなお鍋とまな板、菜箸、包丁が入った袋が握られている。ちょっと重いしかっこ悪いけど…


(先生に料理を食べてもらえるんだ)


胸の中にはくすぐったいような、うずうずする感情が芽生えている。


ずっと、気になっていた先生の体の事。
人の体は食べたものから作られる。
血も肉も、骨も細胞も。


特別凝ったものじゃなくてもいい、いや、そんなものなら毎日続けられない。

簡単でいいんだ。旬の野菜を、旬の魚を、誰かと向かいあって、楽しく食べる。それだけでいいんだって……昔、大好きだったおばあちゃんが言っていた。


恋人でもない私がでしゃばって、『私が手料理作ってあげます!』なんて口が裂けても言えないけれど

先生から頼まれたのだし、しかもお互いの家なんかじゃなく、事務所で作っていいんだからこんな好都合なことはない。


今日は先生に美味しいって思ってもらえるように頑張ろう。

そして、『また食べたい』って言ってもらえたら―――


そんな事を延々と考えながら、足取りも軽く歩いていると


バタン。


「ありがとう、美咲さん。」


車のドアを閉める音と聞きなれた男の人の声がして、思わず振り返る。


住宅街の、目立たない路地。

シルバーの高級そうな車(車種はよくわからない)の運転席から、サングラスをかけた女の人が手を振っている。


「佑ちゃん、週末また遊んで。」

「電話するよ。」


佑ちゃんってまさか…
爽やかに笑って手を振り返しているのはなんと


(きゃっ!安城先生だ…)


ブロロロロロ…


発進した車に笑顔で手を振り続けていた安城先生は
曲がり角で見えなくなった途端、フッと怖いくらいの真顔になった。


(ぎゃー!!!あの顔だよ、あの顔!あの冷めた顔が、あの人の素顔なんだよ!!コワッ)


美女と朝帰り(?)で事務所の近くまで送ってもらい
爽やかに見送ったかと思えば見えなくなった途端、心が凍りつくような無表情。


(やっぱりアイツ…とんでもない性悪だっ)


マズイ…裏の顔を目撃したなんて知られたら、もっといびられてしまう…


私は安城先生に見つからないように、そっと後ずさりして違う道から事務所へ向かうことにしたのだった。
 
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