弁護士先生と恋する事務員

「伊藤さんって料理が得意なんだね。和食が上手な子って、男としてはちょっとぐらっとくるよね。」


いつになく優しげな眼差しで安城先生が私を見つめてくる。
にわかには信じられないような甘いセリフまでささやいてくる始末。


(う…いったいどういう風の吹き回しだろう…)


喜んでもらえるのは嬉しいけれど、これまで感じてきた“お前が嫌いオーラ”がたった一食の料理で消えてなくなるなんてとても思えない。


(…まあ、褒めてくれてるんだから、素直に喜んでおこう。)


「和食が上手というか、私子供の頃、祖母と二人で暮らしていた時期があるんです。その時に料理を教えてもらったので、おばあちゃんぽいメニューが多いんですよ。」


ふと、祖母と二人で古びたキッチンに立った思い出がよみがえり、ふふふと笑った。


(思えばあのころが一番幸せだったなあ…)


のんびりとした、おおらかなおばあちゃん。

祖母との時間はゆっくりと過ぎていく。

料理、裁縫、庭いじり。

なんでも私に教えてくれた―――


「詩織はおばあちゃん子か。なんかわかるな」


先生はアジのフライをパクつきながら、ビールをごくごくとあおった。


「しかし、ほんとにウマいな。また、作ってくれよ。」


(……やったあ!)


先生の言葉に、私は心の中でガッツポーズをつくった。
先生にそう言ってほしくて、気合を入れて頑張ったんだもん。


(私の作った料理が先生の血となり肉となるなんて……)


うー、伊藤詩織、感激です。


「もちろんです!私の料理で良ければ、喜んで!」


それから三人で、食べて飲んで、普段はできないような話をワイワイと楽しんだ。
 
< 31 / 162 >

この作品をシェア

pagetop