弁護士先生と恋する事務員

 ジュリアさん登場

朝。


いつものように八時に事務所に入った私は、掃除を終え、法律関係の本を読んでいた。
先生の来る時間を見計らって、二階の窓からのぞき見をする。


(来た来た、先生だ。……あれ…)


いつも商店街の女の子達に調子良く声をかけながら歩いて来る先生が、今日はなんだかぼんやりとした様子。


(昨日、少し遅くなったから疲れちゃったのかな)


ヤキモキしながら先生を待つ。


カチャ


「うぃーす。」

「あ、おはようございます!」

「昨日はどうもな、詩織」


先生はいつものように二カッと笑いかけてくれる。


(気のせいだったのかな?)


真っ直ぐに自分のデスクに向かった先生に、コーヒーを運ぶ。


「…サンキュ」


いつもなら、まず新聞や業界紙に目を通す先生が、ぼーっと宙を見つめながらコーヒーをすすっている。


「…先生?」

「――ん、あ?何だ」


(やっぱり、いつもと違う)


「なんだか元気がないみたい。昨日遅くなったから、疲れさせちゃいましたね。」

「あ?違う違う、あれくらいの時間で疲れるわけねえだろ。違うんだよ、なーんか昨夜からなあ…」


先生は胸の辺りをさすりながら首をかしげている。


「どうもモヤモヤするっつーか…」

「あっ、揚げ物食べ過ぎて胸やけしちゃったとか?」


先生のためにだなんて思いあがって、逆に負担をかけちゃったんだ。

先生は軽い気持ちで言っただけなのに、あんなに本格的な食事会にしちゃって…

そんなのって、私の独りよがりなジコマンだ。
私は申し訳なくて、なんだか泣きそうになった。


「胸やけなんかじゃねえよ。たぶん……おい、お前なんて顔してるんだ。」


先生は眉尻を下げて“しょうがねえヤツだな”って顔で優しく笑う。


「何、泣きそうな顔してんだよ……」


私の顔を覗き込むように近づいた先生の指が、そっと私の頬をすべって目のフチをゆっくりとなぞる。


ドキン!!


触れられた場所が熱くなり、瞳が潤む。


(な、なんでこんな………)



「詩織、お前さ―――――」



先生が切なげな表情で何かを言いかけた―――
 
< 33 / 162 >

この作品をシェア

pagetop